そして、石は
ひつじになる。
そして、石はひつじになる。

北九州小倉南区に「共和国」がつくられる?
サン・タニ共和国 issue1

水源を守るために

小倉市街地を流れる紫川

北九州、小倉南区に「共和国」がつくられる。そんな話を耳にした。

人口の集中する海側ではなく、舞台は平尾台や福智山山系を抱えた「三谷(さんたに)地区」だという。三谷という名は、いま行政上の地名としては残っていない。しかし古くからの呼称として地域に息づいている。

東谷・西谷・中谷という三つの谷からなる地区は、どんな地域なのか。その空気を確かめたくなり、現地を訪ねた。

「今年の夏には、共和国が誕生していると思います」 

そう語るのは、キーマンの一人である壹岐尾恵美さん。三谷のひとつ、東谷地区の出身で、地域コミュニティ「Hug平尾台プロジェクト」を主宰し、平尾台周辺の魅力を発信している。

壹岐尾さんは平尾台開拓者の子孫であり、建築・空間デザインや空き家活用を行う「株式会社Cocoon」代表。平尾台の魅力発信プロジェクトの一環として、民泊『粋邑』の運営も手掛けている

三谷地区は、東谷・西谷・中谷の三つの谷によって成り立っている。壹岐尾さんによれば、この地域に関わる三谷地域振興協議会が「サン・タニ共和国」を立ち上げ、活動を始めるのだという。

その根底には、水源を守るという明確な目的がある。三つの谷はいずれも紫川の源流域にあたり、人々の生活に欠かせない水を育んできた場所である。

蛇口をひねれば水が出る。そんな暮らしが当たり前になり、水はあまりに身近な存在になった。汲みに行くことも、井戸を掘ることもなく、多大な労力の末に得ていたはずの水の価値は、いつの間にか意識の外へと追いやられていった。

その状況に、長く危機感を抱き続けてきた先駆者がいると聞き、向かったのが小倉の紫川沿いに建つ北九州市立 水環境館だ。迎えてくれたのは、内村政彦館長である。

目指すは「飲める川」

鴎外橋のすぐ側にある水環境館。井筒屋と連絡通路でつながっている

内村館長は、北九州市役所の職員として長年にわたり水行政に携わり、川がもたらす恩恵と同時に、その脆さも知り尽くしている。紫川は高度経済成長期に汚染が進み、「黒川」と揶揄されるまでに水質は悪化した。かつては直接飲むこともできた水が濁っていったことに、内村館長は心を痛めたという。

その後、官民一体となった環境改善の取り組みによって、紫川の水質は回復してきた。生態系もよみがえりつつある。しかし、内村館長の視線はさらに先を見据えている。目指すのは、再び「飲める川」を取り戻すことだ。

日本最大級の観察窓から紫川の水中をのぞくことができる

「川の流域に文化が生まれてきたこと。そして、今もここに続いていることを私たちは忘れがちです」と内村館長。人々に川への関心を取り戻してもらうため、2001年に「川塾北九州」を立ち上げた。紫川でのカヌー体験や自然体験活動などを通して、川を身近に感じてもらう試みである。

なかでも象徴的なのが「川流れ体験会」だ。水は雨として降り、川となり、やがて海へと至る。形を変え続ける水の循環の中に身を置き、自然を肌で感じる体験である。

この体験をさらに突き詰めたのが、「紫川大冒険」だった。流域の最高峰である福智山。その山頂部から湧き出る「たぬき水」が紫川の源流のひとつと内村館長は考え、福智山を起点に、源流から川を下り、海へ出て無人の浜でキャンプをする6泊7日の旅を企画した。水の循環を、時間をかけてたどる貴重な機会である。

紫川に生息する数十種類の生き物が展示されている
紫川の流域を歩けるようにと制作した散策マップ。源流から河口まで1枚でつながっている

水の中にいる魚が、自分が水の中にいることを知らないように。生活で水に困ることがなくなり、満たされるほどに、私たちはその存在と価値に気づきにくくなってしまった。内村館長の取り組みは、そんな現代において、水とのつながりを取り戻すための重要な実践だ。

最高級たけのこを産み出す谷

合馬地区で採れる合馬たけのこは日本有数の高級品。収穫は1月に始まり4月頃まで続く

弥生時代の古墳群が見つかっている紫川流域。水のそばには、いつの時代も人の暮らしがあった。水の循環の恩恵は、今も形を変えて受け継がれている。

水環境館を後にし、紫川をさかのぼってたどり着いたのは、西谷地区に位置する合馬。険しい山の斜面が連なるこの地域は、「合馬たけのこ」の産地として全国に知られている。えぐみが少なく、やわらかな食感。掘りたては生でも食べられると言われるほどだ。

竹林は毎日の手入れが欠かせないと林秋利さんは言う。収穫が終わっても作業は続くのだ

手入れの行き届いた斜面を歩くと、足元の土は驚くほどふかふかしている。その柔らかさが、土の豊かさを雄弁に物語る。

「土づくりと、丹念な手入れが、おいしさの秘密です」。

たけのこ山を管理する林秋利さんが教えてくれた。険しい斜面そのものも、たけのこ作りには欠かせない要素だという。日当たりと水はけ。この地形が最適な環境を生み出している。そして、その谷自体が、雨と水の流れによって、途方もない時間をかけて形づくられてきたものだ。

同じ場所を水が流れ、地表を削り、それが繰り返されることで谷が生まれる。水の循環は、地形をつくり、土を育て、食文化を育んできた。

地表にほとんど出ていないたけのこを何の苦もなく見つける林さん
取材に訪れた1月は小ぶりなたけのこばかりだったが、その時期それぞれのおいしさがある

三谷地区に伝わる郷土料理「とうふ汁」もそのひとつである。親鶏から取った出汁に、甘辛く煮た肉、豆腐、九条ねぎを加える。盆正月や地域の集まりで振る舞われるほか、おかずを一品足したいそんな時に、日常の食卓にも並ぶ定番メニューだ。

半世紀にわたりとうふ汁を作り続けてきた、まさこさんとてるみさんに話を聞いた。北九州の別地域から嫁いできた二人が驚いたのは、谷ごとに味が違っていたことだという。

とうふ汁は夕飯のおかずにも、酒の肴にもなるといい、重宝されている

「簡単そうで、実は奥が深いんです」。

「野菜が少ない分、出汁や水の違いがはっきり出る。谷ごと、家ごとに味があります」 その日の体調や素材で味が変わることもある。

それでも2人は笑って言う。

「その日のとうふ汁が正しい味。同じじゃなくていいの」。自在に形を変える水のように、自然体の言葉だった。

家庭の味であるとうふ汁を地元住民以外で口にする機会は少ない。この伝統の味を楽しめるチャンスが、毎年3月に合馬竹林公園で行われる「合馬たけのこまつり」だ。まさこさん、てるみさんたちが手作りしたメンマも味わうことができるかも。

カメラを向けると照れてしまったまさこさん、てるみさん

紫川の流域には、水によって育まれた文化が、今も確かに息づいている。

その自然と暮らしを次世代へと手渡していくため、三谷地域振興協議会は、サン・タニ共和国として流域の自然環境と文化を守る自治に取り組んでいく。

次回は、サン・タニ共和国、建谷?

命の源流である水、川、水源を自治すること。循環する水を守ること。それは未来をつくる一歩であり、持続可能な社会への最短距離なのかもしれない。

紫川のさらに上流へ。


小倉南区サン・タニ スポット情報

北九州市立 水環境館

水環境館は紫川に架かる鴎外橋のたもとに位置し、川の生態系や水環境を学べる体験型の学習施設。最大の特徴は、地下にある巨大な観察窓で、海水と淡水の入り混じった河口付近に生息する魚やカニなどを間近に観察できる。

公式WEBサイト

北九州市小倉北区船場町1-2 TEL 093-551-3011
開館時間/10時〜19時(火曜・年末年始休館)

たぬき水

福智山の北側、山頂近くにある避難小屋・荒宿荘。そのすぐ側にある貴重な水場がたぬき水だ。安定した水量で、登山者の喉を潤している。たぬき水にちなんで、山の南側にある水場はきつね水と呼ばれている。


福岡県北九州市小倉南区大字頂吉 避難小屋 荒宿荘そば

満干(みちひ)の潮

北九州市と香春町の境界にある金辺峠から西に2kmの山中、標高431mの満干谷にある間欠冷泉。地下の空洞に雨水などが貯まり、満水になるとサイフォンの原理で排水される仕組みと推定されている。

福岡県北九州市小倉南区大字頂吉

菅生の滝

紫川の上流にあり、水源は福智山。上段にある滝は落差30mと北九州市で最大。地名である菅生(すがお)のいわれは、勢いある滝しぶきによって、女性の化粧が落ちて「素顔」になってしまうからという説もある。

北九州市小倉南区大字道原

合馬竹膳

竹林に囲まれた食事処は、合馬たけのこを多くの人に一年中食べてもらいたいという思いでつくられた。人気メニューの「たけのこランチ」は、刺身、煮物、天ぷらなど、ふんだんに合馬たけのこを使った料理が味わえる。

福岡県北九州市小倉南区徳吉南4丁目5-3

合馬農産物直売所

合馬竹林公園の南側に位置する直売所。朝掘りの取れたて合馬たけのこを手頃な価格で買い求めることができる。春だけでなく、夏は「緑竹」、秋は「四方竹(しほうちく)」、保存のきく「干したけのこ」など、年間を通じてたけのこが並ぶ。営業時間は水土日曜9:00〜13:00のみ。

福岡県北九州市小倉南区大字合馬1733-1

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