平尾台の地表と地下を伝える、暮らすガイド
平尾台を舞台に、ハイキングや本格的な「ケイビング(洞窟探検)」の専門ガイドとして活動する団体がいます。西中夫妻が営む、『地球のかけらHIRAODAI』です。
環境省のエコツーリズム大賞特別賞を受賞するなど、全国的にも注目を集めるお二人。しかし、その活動の原動力は、単なる「楽しいアウトドアツアーの提供」ではありませんでした。取材で見えてきたのは、この美しい景色が抱える危機と、平尾台の未来を命がけで繋ごうとする、真摯な想いでした。

文化ゼロからのスタート
『地球のかけらHIRAODAI』が産声を上げたのは、2021年7月のこと。それまで平尾台の施設で10年ほど働き、仕事の一環で山へ案内していたコウジさんが、「これを仕事にしよう」と決意して開業届を出しました。

しかし、初めから順風満帆だったわけではありません。
あかねさん:「最初の2年目くらいまでは本当にきつかったです。月にツアーが1件だけ、という月もありました。二人で別の仕事と掛け持ちしながら、なんとか形にしていった感じです」
当時、平尾台には「お金を払ってガイドを雇う」という文化自体が存在していませんでした。富士山や屋久島のような、誰もが知る一大観光地ならまだしも、市民にとって身近な北九州でガイド業なんて成り立つのか――地域からも、そんな懐疑的な視線が向けられていました。それでもお二人が足を止めなかったのは、守りたい気持ちがあったからです。コウジさん: 「僕たちがやりたいのは、ただのルート案内(道案内)ではありません。平尾台がどういう場所で、どんな歴史があり、どんな動植物が生きているのか。その価値を、ちゃんとお客さんに知ってもらうこと。」
ガイドという文化がまだ根付いていない、まっさらな土地。だからこそ、先人たちが守ってきた地域の歴史や自然の記憶を、自分たちが新しい形できちんと受け継ぎ、伝えていく。この草の根からの覚悟が、現在の『地球のかけらHIRAODAI』を支える、揺るぎない骨太なベースとなっています。





美しい草原の「かげ」にあるもの
私たちが平尾台を訪れたとき、当たり前のように感動する一面の緑の草原。実はこの景色、放っておけばわずか数年で藪に還り、失われてしまいます。
平尾台の景観は、何百年もの間、人間の手によって維持されてきました。その最たるものが、毎年春先に行われる「野焼き」です。コウジさんは20歳の頃から20年間、この命がけの野焼きや、火の広がりを防ぐ「防火帯作り」の現場に立ち続けています。
コウジさん:「野焼きは簡単に思われがちですが、過去には事故もあり、本当に人が死ぬこともある命がけの作業です。だからみんな慎重になる。今、現場を引っ張ってくれている地元の先輩たちは、もう70代や80代。次世代への継承のタイミングにきています。」
あかねさん:「人が住み、暮らし、手を入れ続けることで、平尾台の自然環境は間接的に守られてきました。でも今、若い人が本当にいなくなっている。この危機感は、ここに住んでいる人間にしか肌で伝わらないし、外部の人にはなかなか見えにくい部分です」



日本でここだけ。足元に眠る「ケイビング」の価値
ハイキングだけでなく、平尾台特有の強みである「ケイビング(洞窟探検)」。九州で一般の旅行者向けに、希望日に合わせて本格的な洞窟案内を行っているのは、実質的に『地球のかけらHIRAODAI』だけです。
暗闇の中、ヘッドライトの光を頼りに、水が流れる狭い岩の隙間を這いつくばって進むケイビングは、日常のすべてを忘れさせる圧倒的な冒険です。
しかし、この洞窟のルートを熟知している人間もまた、今や数えるほどしか残っていません。
あかねさん:「コウジさんにしか行けないルートがある。でも、それって一人に重荷が集中していて、あまり良くない状態なんです。だからこそ、私たちはこのガイド業を、若い世代が『ここでちゃんと食べていけるレベル』の仕事として確立させたい。」
大きな旅行会社やツアーサイトに登録すれば、一時的に客数は増えるかもしれません。しかし、お二人はあえてそれをしません。平尾台以外の場所に駆り出され、自分たちのベースである平尾台の案内がおろそかになっては意味がないからです。どこまでも「地域に根ざし、ここに暮らすガイド」であること。それがお二人のこだわりでもあります。



「アウトドアのアクティビティ」というフィルター
コウジさん:「環境問題や社会問題って、重く捉えがちだけど、本当は自分たちの生活に直結していること。僕たちは、まずは純粋にハイキングやケイビングを『楽しい!』と体感してもらう。その楽しさの中に、『実はこの景色はね……』と、平尾台の歴史や動植物のストーリーをカジュアルに混ぜて伝えていきたいんです」
あかねさん:「大衆向けの商業施設をドカンと作るのではなく、フィールドに出て、自然を楽しんでもらう。そして、楽しんでもらったものに対して、持続可能な対価が地域に落ちる。そういう仕組みを、このガイド業を通して残していきたいです」
「自分たちが頑張ったことが結果に繋がり、国(エコツーリズム大賞)にも認めてもらえて、平尾台の知名度が少しでも上がったことが密かに嬉しかった」と笑うコウジさんの表情には、この地に生きる人の誇りが滲んでいました。

私たちが何気なく眺めている平尾台の美しい緑。それは、決して「当たり前」にそこにあるものではなく、ここに暮らし、この地を愛し、命がけで火を放ち、守り続けてきた人間たちがいるからこそ、今、目の前に存在しています。
次に平尾台を訪れるときは、ただ景色を消費するのではなく、ぜひ『地球のかけらHIRAODAI』の扉を叩いてみてください。お二人と一緒に歩くその道のりは、きっとあなたにとって、地球の、そして地域の未来をカジュアルに想う、一生モノの冒険になるはずです。