そして、石は
ひつじになる。
そして、石はひつじになる。

 サン・タニ建谷宣言!
サン・タニ共和国 issue2

源流の神秘

水は低いところへ向かって流れていく。細い水の流れが合わさって川となり、谷を刻んでいく。
サン・タニの成り立ちも、きっと同じだ。谷の源流を訪ねると、そこには澄んだ水と、一つの「はじまり」の物語があった。

住宅地からさほど離れていないが、驚くほどの静けさに包まれていた浄泉寺

向かったのは日蓮宗・浄泉寺。東谷の集落を離れ、山手へと人けのない道を登っていくと、寺院がふいに姿を現す。山あいの静けさのなかで、はっきりと存在を主張しているのは、すぐそばを流れる川音だけだ。目を向けずとも、ザーザーという響きから水勢の強さが伝わってくる。


静けさと、自然の力強さ。その両方を同時に感じさせる不思議な場所だ。パワースポットのような場所だから寺を建てたのか、寺があるからパワースポットのように感じるのか。そんなことを考えているうちに、渡辺浩司住職の妻・あやさんが出迎えてくれた。

こちらが周囲の自然に気を取られているのに気づいたようで、「お寺の周りは、自然の音しかないんです」と声をかけてくれた。


源流は浄泉寺のはじまりの場所

おだやかな笑顔が印象的だった渡辺住職(左)、あやさん(右)

結婚前は小倉の中心部でカフェを営んでいたあやさんは、初めてこの地を訪れ、こんなに静かな場所があるのかと、強いカルチャーショックを受けた。さらに驚いたのは、水だった。
コーヒーの味を左右する水の重要さを知っているからこそ、浄泉寺で使っている地下水の美味しさに衝撃を受けた。

「こんなに美味しい水は、生まれて初めてでした」。

日常生活では気づきにくくなっている水のありがたみを感じた瞬間だ。

澄んだ地下水を口にして育った渡辺住職の人柄を「こんなに純粋な人は出会ったことがありません」とあやさん。のろけ話は割愛しつつ、渡辺住職に浄泉寺の歴史を紐解いてもらった。

造寺したのは昭和50年代と、開山数百年という寺も多いなかで、浄泉寺は新しい部類に入る。だが、そのはじまりは、古寺につたわる伝説と同じように神秘的だった。
話を聞いた後で「お寺のはじまりの場所と、川の源流がここから少し先にあります」と教えてもらい、渡辺住職の案内でその場所へ向かうことに。

境内を出て、木々に囲まれた道を登っていく。ほどなくして、目的地に着いた。

少し開けた場所に、大きな石が転がっている。川の流れを目で追うと、鍾乳洞の奥へと消えていた。ここが、源流なのだろう。

お寺から源流まで短い山道を登る

太陽はすでに山に隠れ、あたりは薄暗い。厳かな気配が漂っていた。立ちやすい平坦な場所に立っていると、渡辺住職がこちらを指差して言った。
「そこに、お堂がありました」。
いまは何も残っていない。だが、かつては小さな道場があり、そこに住職の祖母がふらりとやって来た。人智を超えた啓示を受け、龍神が祀られているこの場所に辿り着いたのだという。

願掛けのために道場にこもり、祈りを捧げ続けて半年。やがて誓願は成就した。そのとき、願いが叶ったあかつきには寺院を建立するという誓いに従い、浄泉寺はつくられた。

浄泉寺はじまりの場所はひときわ厳かな雰囲気だった

建国ではなく「建谷」を宣言

自然の豊かな紫川上流域は、ゆったりとした流れの下流域とは表情が大きく異なる

水なしでは生きられない。

 水は身近にあって、欠かすことのできないものだ。

形を変えながら循環する水。その象徴が川であり、その流域には、いつの時代も人の暮らしがあった。

紫川もまた、そうした川のひとつである。弥生時代の古墳群が見つかっており、今もこの地は水とともにある。東谷、西谷、中谷。「三谷地区」と呼ばれていた地域だ。いま地名としては残っていないが、水でつながる生活圏として日々を営んでいる。

谷というのは、水源からの流れが、気の遠くなるような時間をかけて形成されてきた。そして、地形がつくられる過程で、人が集い、暮らしが形づくられた。命を支えてくれる水は、畏怖や信仰の対象であった。

紫川の上流に位置する菅生の滝。そのすぐ横にある須川神社では、水を司る高龗神(タカオカミノカミ)、闇龗神(クラオカミノカミ)、闇御津羽神(クラミツハノカミ)が祀られている

三つの谷は、三つの水源であり、祈りの場所であった。

かつてこの場所では、「水があること」「そこが聖なる場所であること」「そこが自分たちの生きる土地であること」は、分けて考えられるものではなかった。水が湧くから人が住み、守るために協力しあう。その中心には常に水があった。

しかし現代、蛇口をひねれば水が出る暮らしが当たり前になり、水はあまりに身近な存在になった。汲みに行くことも、井戸を掘ることもなく、多大な労力の末に得ていたはずの水の価値は、次第に意識の外へと消えていった。

水の中にいる魚が、自分が水の中にいることを知らないように、生活が水で満たされるほど、その存在と価値に、私たちは気づきにくくなっている。

1917年の少女転落事故を機に住民の寄付で1919年に架設された「春吉の眼鏡橋」は、地元の石材を用いた紫川上流の石造二連アーチ橋

澄んだ水に、私たちはいつの間にか無関心になってしまったのだ。当たり前であるがゆえに、川そのものに関心が払われることは少なくなっている。

だからこそ今、水とのつながりを取り戻す必要がある。 安心して水を使える川を、もう一度、自分たちの手に取り戻すために。

北九州市小倉南区、三谷(サン・タニ)地区。 私たちは今日、ここに「サン・タニ共和国(SAN TANI Re-PUBLIC)」の建谷(けんこく)を宣言する。

建谷といっても、パスポートも国境もない。あるのは、3億年の地層が磨いた水と、原流域を守ろうとする意志だけだ。

なぜ、いま共和国なのか。 それは、私たちが失ってしまった「公共(パブリック=public)」を、もう一度、自分たちの手に取り戻すためである。

水源は、かつて祈りであり、地名だった。便利さの中で見えなくなった「つながり」を、もう一度結び直す。そのための試みが、サン・タニ共和国である。

誰かに任せきりにしてきた「つなぐ」という行為を、自分たちの手に取り戻したい。共和国には、Re(ふたたび)とPublic(公共)という思いがこめられている。

紫川の河口から上流を望む。遠くに見える山々から水は循環してきたのだと思いを馳せた。

命の源流である水、川、水源を自治する。循環する水を守ることこそが、未来をつくる一歩であり、持続可能な社会への最短距離なのだ。

水源とともに生きる場所として、 サン・タニ共和国が始動する。


小倉南区サン・タニ スポット情報

浄泉寺

寺をもっと身近に感じてもらおうと、浄泉寺は「お坊さんカフェ」「寺子屋ヨーガ」などユニークな活動を展開しているほか、「お坊さんからの手紙」を毎月発行している。

毎月の行事などの情報は、Facebookページ「寺子屋 浄泉寺」で公開されている。

福岡県北九州市小倉南区大字井手浦1247

Uchio Cafe Bar

酒屋を改装してつくられたカフェバー。もともとは雑貨店を営んでいたが、かつては購入した酒を店内で飲む「角打ち」のできる酒屋であったことから、地元の人が集える憩いの場としてリニューアル。三谷地区の入口、情報集めにぴったり。営業時間は金土曜17:00〜23:00のみ。

福岡県北九州市小倉南区大字木下642-1

ルマ・サラスワティ

東谷地区の井出浦浄水場近くの住宅地にあるアジアン雑貨カフェ。店名のサラスワティはヒンドゥー教の知を司る芸術・学問の女神で、日本では弁財天として知られている。本格的なタイカレーが食べられる。営業時間は平日11:00〜14:30、土日祝 11:00〜17:00。不定休。

福岡県北九州市小倉南区大字井手浦279

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